2012年01月22日

夜の短編喫茶7

今回は四本。
なんとなくキリが悪いけれど、去年末で夜の短編喫茶が一区切りついてしまったので。
お疲れ様でした。

●お品書き
1.鈍感な彼女
2.命の価値
3.影の男
4.夜の短編喫茶





*鈍感な彼女

 待ち合わせたレトロな喫茶店。一足早くコーヒーを楽しみながら、幾度と無く時計を確認する。やがて遅れてやってきた彼女は、いそいそと向かいに座る。その胸に、大きなナイフを突き刺したまま。
 目の玉が飛び出しそうになったが、辛うじて堪える。整理しよう、どうしてこんなことになっているのか。彼女は何事も無かったかのようにコーヒーを注文し、おしぼりで手を拭いている。店員が彼女の胸をじろじろ見ているので、どうやら僕の見ているものは幻覚では無いらしい。しかし、彼女だけはナイフに気付いていない様子で、店員のことをエッチだのなんだのと小声で罵っている。そうだ、前にもこんなことがあった。それは彼女とデート中、工事現場の側を通った時だった。上空から金槌が落ちてきて、なんと彼女の頭に命中してしまったのだ。あまりにショッキングな出来事に、思わず目を塞いでしまったが、彼女はそんな僕を見て不思議そうな顔をしていた。彼女は何事もない様子で、頭にはコブひとつできていなかったし、金槌が落ちてきたことなど全く気付いていなかった。怪我をしない丈夫な身体を持っているわけではない。料理中に指を切って大騒ぎをしていたことはあったし、足をタンスの角にぶつけて悶絶していたこともあった。むしろドジな彼女は、そういった怪我をよく負うタイプである。では、どうして。しばらく考えた後に、僕が出した結論。そう、彼女は、度を越して鈍感なのだ。外部からの刺激に全く気がつくことができない。
 普通ならば彼女のその致命的な欠点に絶望しているところだが、彼女は今、その鈍感さ故に、胸にナイフが刺さったまま平然としている。逆に考えよう、これはチャンスだ。胸にナイフが刺さった彼女を、無傷で救えるチャンスなのだ。僕がやることはひとつ、彼女にナイフのことを悟られぬよう、そっと抜いてあげないと。彼女は鈍感だが、怪我をしないわけではない。自身の胸にナイフが刺さっていることを、自覚させてはいけない。その瞬間に彼女の身体の組織は営利な刃物によって切り裂かれ、多量の出血をするだろう。位置もひどい。これは心臓に到達している可能性もある。
 運ばれてきたコーヒーに彼女のテンションが上がる。カプチーノアートで可愛らしいハートマークが描かれている。僕はそっと立ち上がり、彼女の隣に移動した。多少イチャつきすぎるカップルに見えるかもしれないが、背に腹は変えられない。彼女はいつもより大胆な僕の行動に、焦りながらも嬉しそうである。勢いで胸に手を伸ばすが、それはさすがに拒否られてしまった。彼女の機嫌を損ねてしまっただろうか、いや、そんなことを気にしている場合ではない。
 次に、僕はガラス張りの店の外を指差した。彼女はつられてそちらを眺める。大好きなアイドル歌手が歩いているとなれば、気にならないわけがない。それが嘘だとも知らずに、路上を眺める彼女の胸に手を伸ばし、勢いよくナイフを引き抜いた。素早くそれを鞄にしまいこむと、彼女は頬を膨らしていた。嘘をついたことを白状し、素直に謝罪する。特に怒った様子も無い、よかった。
 彼女の胸は、血が滲む様子もなく、いたって良好だった。僕はすっかり安心し、コーヒーカップに手を伸ばした。この後は、映画でも行こうかな。ショッピングもいいかもしれない。他愛の無い会話などしながら、久しぶりの二人の時間を楽しんだ。
 店を出ようとした時だった。振り返った彼女の後頭部に突き刺さったナイフを見て、僕はひどく落胆した。





*命の価値

「命と金の価値は、どちらが重いと思うかね。」
「そんなの、命に決まってるじゃないですか。死んでしまっては、金など何の意味もありません。」
「そうだね、一般的な模範解答はそれだ。しかし、それが真実かどうかはまた別の話だ・・・。」
「・・・また変な研究をしているんですね。」
「まあ、聞いてくれたまえ。はるか昔、人は金など持たずに生活していた。それでも命を維持することはできたし、彼らには必要無かったのだ。この頃、金の価値はほぼ無に等しかった。だが、今の時代はどうだ、金が無ければ生きながらえることは難しい。」
「そうですね、安全な衣食住・・・どれを得るにも金は不可欠です。」
「では、昔と今の違いは何だ。」
「金の量、流通の度合いですか。」
「それも正解だが、しかしそれよりも大きいのが、人類の発展、そして個体数の増加。」
「はあ。」
「考えてもみたまえ、競争は何故生まれる。金によって秩序を保つ、この社会システムはどうして必要になった。その原因は、行き過ぎた人類の増加に他ならない。」
「何が言いたいんですか。」
「噛み砕いて説明しよう、例えば金を沢山作るとどうなる。」
「貨幣価値が下がりますね。インフレーションが起こりますので。」
「では、人類が増えすぎるとどうなる。」
「・・・ははあ、わかりました。命の価値が下がると、言いたいんですか。」
「いかにも。そしてそれを証明するのが、この装置だ。」
そう言って、博士は研究所の電気をつける。部屋の真ん中には天秤のようなものが置かれていた。その左の皿には、見たこともないような札束。そして、右の皿には・・・。
「これは、何ですか。光を放っている様子ですが。」
「おっと、手を触れてはいかんぞ。それは私の身体から抽出した命だ。丁重に扱ってくれたまえ。」
「い、命ですって。そんなことが可能なんですか。」
「はは、君に見せるのは初めてだったな。しかし重要なのはそこではない。その天秤のバランスを見てくれたまえ。」
「・・・ほぼ釣り合いがとれているようにも見えますが。メモリをよくよく見ると、やや左に傾いていますね。」
「左様。一ヶ月ほど前だったか、人類が七十億人を突破した。ちょうど、その瞬間に価値が逆転してしまった。」
「それでは、今は命よりも、金の価値の方が重いと・・・。」
「そういうことになる。」
装置を食い入るように眺める助手の後ろで、博士は気持ちの悪い笑みを浮かべる。そして、胸元からリモコンのようなものを取り出した。それは赤いボタンのひとつだけついた小さなもので、安全装置らしきものがついている。
「で、何ですか。その見るからに危なそうなボタンは。」
「君、自分の価値がこんな札束にも劣ると知ったら、どう思う。」
「そりゃあ、虚しくなりますよ。ていうか、この札束はどこで入手したんですか。」
「そう、虚しい。そして出来れば、自分自身の価値は高くありたい。そう思うのが普通だ。」
「質問スルーはさておき、まあそうですね。高いにこしたことはありません。」
「では、人類が増えすぎたことにより下がった命の価値を、再び上げるは、どうしたらいいだろうか。」
「・・・人類を減らせば、あっ。」
嫌な予感がした瞬間には、博士は安全装置を突き破り、ボタンを押していた。ボタンは凹んだまま戻らず、博士はそのリモコンをテーブルの上に静かに置いた。僅かな震動と共に、研究所内の器具がカタカタと音を鳴らして揺れ動く。慌ててテレビをつけると、地球の裏側を中心に、各地で謎の大爆発が起こったというニュースが流れていた。
「なあに、原子力など危険な物質を含まない、有機爆弾さ。ただ範囲はかなり広く設定しておいた。それでも大都市は避けたから・・・そうだね、だいたい五分以内に、五億人くらいは死ぬと思うんだがね。」
「な、なんて酷い。博士、あなたって人は・・・!」
「君もラットやフロッグを実験に使うだろう。では、それらの生物の命の価値など考えたことがあるのかね。」
「それは・・・。」
「無駄口は結構。それよりも装置の観察を続けたまえ。私の予想では、命の方が重くなっているはずだが。」
混乱しながらも装置に目を向ける。先ほどは微動だにしなかった装置が大きく揺れ動き、その均衡の崩壊が見てとれた。ニュースキャスターが死亡人数の推定を告げる。被害が確認されたのは九十の国と地域。そして、死亡者は推定でも、五億四千万人にのぼるらしい。あまりにショッキングな数字に、心が痛む。やがて、装置は札束の乗った左の皿ががくんと落ち込み、その勢いで右皿の上に乗った物体がふわりと浮かび上がる。手を伸ばすも虚しく、それは研究所の床に叩きつけられて、粉々に砕けてしまった。
 背後で何かが倒れる音。落下した器具の割れる音が大げさに響いた。なるほど、罪を犯した人間の価値は、下がるらしい。





*影の男

「なりません、殿!」
必死に止める爺やを突き飛ばし、勢いよく障子を開ける。太陽に照らされた城下町は、今日も活気に満ちていた。
「こんな日に城に閉じ篭るなんて、そりゃあ罪ってもんさね。」
「殿、立場を弁えて下さいませ!」
町を見下ろして上機嫌の殿の後ろで、よろよろと立ち上がった爺やが手を伸ばす。しかし、それも虚しく振り払われた。
「爺やこそ立場を弁えたらどうなんだい。この城の主であるこの俺が、外に出たいっつってんだ。牛車のひとつでも手配してくれたっていいんじゃねえのか。」
「ご戯れを…それはなりませんと申し上げておりますのに。あなたは八万石の国を治める大名に御座います。あなたの身に何かが起これば、それだけで国が引っくり返る事態となりましょう。特に、最近は善からぬ噂も…。」
「ああ、俺を狙った暗殺者が跋扈してるっつーんだろ、それは何度も聞かされたって。大丈夫、ちゃんと変装していくからさ。奴らもまさか、一国の主が安っぽい木綿の着物を着て、そこらへん歩いてるとは思うまい。それに…。」
殿は、奥の襖に目をやる。
「そのために、"影武者"がいるんだろ?」
襖の向こう、薄暗い部屋の中。殿とそっくりの人物がそこには居た。静かに伏せた目、その仏頂面から思考を読みとることはかなわない。殿はその気味の悪い男のことが、心底嫌いであった。
「そんじゃ、留守は任せたぜ、影武者さんよ。」
隣の部屋まで聞こえるような大声で意地悪に言い放つと、殿はそのまま廊下を駆けていってしまった。その後姿を眺め、爺やは深く溜息をつくしかなかった。

 城の中で育った殿にとって、町は物珍しいものばかりに見えた。ひゅるひゅると回る風車も、陽気な飴売りも、何もかもが楽しい。こんな息抜きを一度体験してしまえば、癖にならないわけもなく。月に一度が二度になり、週に一度になり、二度三度になり…。今では町に忍んで出てくるのが、日課となってしまっていた。もちろんそんな迂闊な行動の付けが回らぬはずがない。その背後に迫る存在に気付いた時には、すでに狭い袋小路に追い詰められていた。
「な、何者!」
じりじりと詰め寄る黒装束の男。覆面に隠れた顔に、辛うじて鋭く光る目だけを見ることができた。
「藩主、浅利智親。その命、頂戴する。」
音も無く距離を詰める見事な跳躍。見とれる間も無く、真っ赤な珠が目の前に迸った。ぐらりと仰向けに倒れこむ。太陽が目の中を白く濁すので、目を閉じた。体中が暖かい、やはり外の空気は…気持ちいい。そうだ、今度は爺やも一緒に誘って来よう。

「…なんということだ、あれほどご忠告差し上げたというに。」
運び込まれた死体を前に、爺やは憮然とした。立場が立場だけに、葬儀が公に執り行われることはないだろう。破天荒で粗雑な男であったが、育てた情であろうか。爺やは彼のことを、憎むことができなかった。
「爺や、状況は。」
薄暗い部屋に戻った爺やに、低く訊ねる声。
「既に息はありませぬ。目撃者はおらぬようで。」
そうか、とだけ呟くと、閉じた目をゆっくりと開く。威厳に満ちた眼光であった。
「あの男、影武者としては立派に働いてくれたようだが。権力者の真似事をできるような器ではなかったな。」
「申し訳ございませぬ。すぐに次の候補を立てましょう。」
「しかし、一番出来の悪いあやつが、一番私に似ていたというのも、皮肉な話よ。」
「腹違いとはいえ、血を分けた兄弟に御座います。」
「左様か。まあいい、それよりも次の者には、自らが影武者であることを、しっかりと自覚させておくことだな。」
そう言うと、本物の殿はゆっくりと立ち上がる。蔀戸から外を見下ろし、城下町に降り注ぐ眩しすぎる太陽に、舌打ちをした。





*夜の短編喫茶

 夜という神秘的な時間帯は、創作活動をするのに向いている。静まり返った部屋の中、ただひたすらにキーボードを叩く。言葉を紡ぐ作業は自問自答にも似て、それはまるで自分自身との対話の繰り返しであった。
「"彼は勢いもそのままに、水溜りを飛び越え"…うーん違うなあ。」
画面の上を駆け回るのは、ただひたすらのバックスペース。核に肉付けをする作業が、時間をかければかけるほどに凝り固まり、冗長になっていく。今日も難産だ。頭の中は完全に澱んでしまった。
 少し窓を開けると、ひんやりした空気が入り込んできた。遠くの方で馬鹿騒ぎの声。この空気を表現するのに、必要な単語は何だろう。闇、涼気、暗晦…靉靆なんて言葉もあったな…あいたい。あいたい、相対、逢いたい…。空に世界が浮かびあがる。闇の中で一人、空を見上げて愁う少女。宿命を負ったその右腕は凍るように冷たく、救いの手を差し伸べるものなどいない…。
「うー、、、寒…。」
窓を閉じると同時に、馬鹿馬鹿しい幻想が霧散する。画面には、大して進んでいない原稿。おそらく、書きあがるまで眠れない。無理やり布団に入っても、小説のことが気になって、一時間くらいモゾモゾした後にデスクに戻るのだろう。わかっている。
「"本当に大切なものは、"…あー、だめだ。なんか説教臭いのだめだ。」
手元にあったチョコレートを齧りながら、頭を抱える。アイデアなんてものは、出て来いと願っても、簡単に出てくるものではない。ネタ切れ、そんな単語が脳裏に浮かぶ。こうなったらもう、なんか適当なオチをつけて投稿してしまおうか。
 時間はたくさんある。夜はまだまだ長い。
「"そして"…違うな、"それからというもの"…あー、ううん…。」
洗濯のような心地よさと、嘔吐のような気だるさ。悩めることの喜びを、寝不足になりながら噛み締める。ああ、僕は幸せだ。
posted by トドロキ at 20:55| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。