2011年12月20日

夜の短編喫茶6

なんか今回の、タイトルにカタカナばっかだな…。

●お品書き
1.サキバアの爆弾おにぎり
2.レアリスム
3.ピンポン玉の心
4.ルドルフ・シルヴェストリの遭遇
5.バックホーム・クライシス





*サキバアの爆弾おにぎり

 ―それは、慈愛が呼び起こした才能…今、商店街の片隅で、伝説が紡がれる―

 こんな時代だからこそ、栄養をしっかり蓄えんといかん。それが彼女の口癖だった。日ノ出東商店街、通称あさひ銀座の片隅に店を構えて早四十年。経済成長期から続く味は、もはや近隣住民にとってはスタンダード。サラリーマンは朝ごはんに、部活帰りの中高生はおやつに、忙しい主婦が昼ごはんに利用したりもする。それがこの街の名物、田崎食堂のおにぎりだ。炊きたての白飯は一粒一粒がてらてらと光を放ち、そのふっくら加減を損なわぬように、見事な技で優しく握られる。噛めば口の中でゆっくりと解け、ふわふわと広がった旨みが唾液と絡む。中に詰まった具がまた食欲をそそり、シャケやおかかなどの定番を始め、ラインナップは二十種にも及ぶ。中でも人気なのが、砲丸ほどの大きさに握られ、真っ黒な海苔で全体を覆った、その名も"爆弾おにぎり"。ひとつで充分な満足感、中身は独自に研究された七種の具材。店主のサキバアも自信を持ってお勧めする、自慢の一品であった。夫と死別してから四半世紀もの間、一人で店を守り続けてきた彼女。毎日釜で飯を炊き、一日に何個ものおにぎりを握る。発達した上腕は子供を軽々と持ち上げ、御年七十歳とは到底思えない。
 新しいもの好きのサキバアは、新メニューの開発にも余念が無い。最近だと、ロコモコおにぎりや、レバカツおにぎりなどが記憶に新しい。もちろん全てが旨いわけはなく、流行のつけ麺にインスパイアされて開発したという"つけおにぎり"なんかは、おにぎりの良さが台無しで、ありゃ失敗だねと今では笑いの種である。いつまで経っても薄れぬチャレンジ精神、行動力、そして腕力。あたしに握れないおにぎりは無いよ、とは彼女の談。
 ある日のことだ。その日も好調に売れ行く爆弾おにぎりを見て、サキバアはとんでもないことを言い出した。いつか、本物の爆弾を握ってみたい…。その決意に満ちた眼差しに、常連客は全員ドン引きした。武器でも開発するつもりかと思ったが、話を聞くとそういうことではないようだ。遠いどこかの国では、長く戦争が続き、今でも地中に沢山の地雷が埋まった地域があるらしい。サキバアはその地へ赴き、地雷の処理をしたいのだと言う。おにぎりと地雷のどこに接点があるのやらと思ったが、考えてみればサキバアの作るおにぎりは、気密性に優れている。そこに類まれなる腕力が加われば、爆弾だろうが原子力だろうが、どんな危険なエネルギーでも容易く包み込んでしまうだろう。と、にわかに理解しがたいが、そういう理屈らしい。というより、そんな突拍子も無い夢物語をつらつらと語るサキバアを目の前にしては、誰が反論できるというのだろうか。
 誰もが不安げに見守る中、挑戦が始まった。店は孫娘が継ぐことになり、サキバアは心置きなく某国へと旅立っていった。爆発物の知識を頭に叩き込み、処理方法も研究する。もちろん、筋力アップのためにトレーニングも欠かさない。持ち手が粉砕したダンベルを見て、サキバアは自慢の爆弾おにぎりを思い出した。あたしを応援してくれる、あさひ銀座の人達のためにも、ここで戦いをやめるわけにはいかないね。そう言い聞かせては、自分磨きに励んだのであった。
 長く辛い日々を乗り越え、いよいよ実践の時である。目の前に広がるのは、地平線まで続く広大な地雷原。フェンスの裏で、人々が心配そうに見つめる中、サキバアは躊躇いも無く足を踏み出していく。毎日米と語り続けたサキバアの神経は研ぎ澄まされ、今や大地の声を聞くなど造作も無い。彼女が干渉することで変化する力のベクトル、それによって擦れ、響きあう地中の音。全てを米粒ひとつほども逃さずに、ほどなくして地中に埋まる一基の地雷を発見した。慎重に掘り進め、顔を出したそれは、濁った鈍色をしていた。光さえ反射しない様は、まるで虚無を押し固めたかのようだ。そっと触れると、悲しい冷たさが指に伝わってきた。しばらく精神を集中させると、意を決してそれと向き合う。そして、鮮やかな手付きで小さなパーツへと分解していく。時間にして三十分ほどであろうか。サキバアはそれを、完全に無力化した。にぎられたおにぎりを解いて行くような、えもいわれぬ虚無感が彼女を襲った。
 ここで立ち止まってもいられない、次の地雷を探さねば。そう腰を浮かせたその時であった。どこからか迷い込んだ野良猫が、こちらへ向かってくる。瞬間、サキバアの目つきが変わった。野良猫の足元、その地中浅くに、まだ生きている地雷の気配があった。動き出した時にはすでに遅く、地中から噴出した衝撃は砂埃を上げ、サキバアと猫をあっという間に包み込んでしまった。フェンスの裏の人々は、突然の轟音に悲鳴をあげた。目を覆い隠す者や、膝をつき、涙を落とす者もいた。とどまり続ける砂煙は、まるで絶望の象徴である。人間の無力さ、そして愚かさを眼前に見せ付けられ、誰もが諦めかけたその時だった。砂煙の中から悠然と現れたのは、猫を抱きかかえたサキバアの姿。小脇には猫を抱え、右手には大きな爆弾おにぎりが乗っかっていた。驚くべきことに、サキバアはあの一瞬で、懐から白飯と海苔を取り出し、地雷を爆風ごと包み込んでしまったというのだ。聞いたこともない早業に、人々は畏敬の念を抱きながら、感涙の中でサキバアを称えた。彼女は照れながらも、自信に満ちた笑顔を浮かべて、あたしに握れないおにぎりは無いよ、と言い放った。

 数年後、帰国した彼女の手土産に、誰もが度肝を抜かされた。まさか、本当に爆弾を握ってしまうとは。サキバアは、出迎えた人数に対して一個しかないおにぎりを見ると、厨房から包丁を取り出してきた。その場にいた全員が、悲鳴をあげて逃げ出した。





*レアリスム

 長い画廊を歩く二人の男女。両壁に並んだ絵画は、極端なほどの写実主義を表現していた。果物や植物、動物、建物、モチーフはそれぞれだが、繊細なタッチで描かれたそれらは、寸分の違和感も捉えることができない。写真とも異なる質感で、まるで今にも絵の中から飛び出してきそうな躍動感。恍惚の表情で、絵を食い入るように見つめるワンピースの女。スーツの男はため息をついて、先を急ぐよう声をかけた。
「彼の絵を観るのは初めてではないはずだろう。」
「そうだけど。でも、あなたも解るでしょう、この絵の魅力。この絵の価値。何度観たって、変わらずに魅了されてしまう。できればここに住みたいくらいよ。」
男は冷静に、それは無理ですと言い放った。後をついていく女は不機嫌そうにむっとした。
「で、何なの。こんなところに呼び出して。そろそろ目的を話してくれてもいいんじゃない。」
男は足を止め、複雑な表情を浮かべた。一言で表現するなら、悔しさのようなものが滲み出している。
「あなたは、彼の絵の大ファンだ。」
「・・・ええ。彼の絵は、有名になる前から知っているわ。」

 初めて会ったのは、会社の帰り道。大きな街の、駅前だった。彼は路上で絵を描いていた。冷たい空気に息も白む中、薄っぺらいコートを一枚羽織り、ただ画用紙と向き合っていたのだ。誰にも気にとめられない彼に、どうして近づいたのか。その時はただの気まぐれだったのだろう。しかし、その作品を見た時、私は言葉を失った。恋に落ちた、そう断言することだってできる。彼の作風は、この頃から洗練されていた。様々なモチーフが並ぶ中、特に手前にあった黄緑色のオレンジの質感なんかは、まるでこちらの世界に溢れ出てきそうな圧迫感を放っていた。思わず手を触れてしまった私に、彼はくすくすと笑いながら笑顔を浮かべる。そして、あっという間、おそらくそこそこの時間はかかっていただろうが、私にとっては一瞬だった。彼が手を止め、スケッチブックを差し出すと、そこには鏡があった。私の浮かべた驚きの表情が、紙に張り付いてしまったのだ。

「あの時の彼の生意気な顔ったら、ないわ。」
「・・・。」
「あなたが彼に声をかけて、嬉しいような、寂しいような、不思議な気持ちよ。彼が有名になったのは喜ばしいことだけど、なんだか遠くへ行ってしまったような。」
「彼は近くにいますよ、この先のアトリエに。」
「・・・彼に会えるの?」
「ええ、すぐに。そして・・・。」
そういって、男は言葉を濁した。落ち着いた照明が、男の目元に影を作る。
「それにしても・・・。」
女は飾られた絵を見ながら、何かを探すように言う。
「やっぱり、人物画は、無いのね。」
「描けないんですよ。」
冷たい調子で零す男。女は、やっぱり、という悲しげな表情を浮かべた。
「昔から、そうだったわ。彼、人物画だけはどうしても描かなかった。似顔絵だって、観ることができたのは、彼が私に描いた一枚だけ。」
「・・・どうして、あなたの似顔絵だけは、描けたんでしょうね。」
「さあ。」
「あなたのように、ただの気まぐれだったんでしょうか、それとも。」
意味深に語る男に、女は僅かに動揺した。確かに、そう感じることはあった。彼の住む古いアパートには何度か足を踏み入れたし、一晩を共に過ごしたことだってあった。しかし、二人の住む世界はまるで違う。結局、お互いに足を踏み出すことは無く、それきりだ。
「あなた、言ってましたよね。」
「・・・何のこと。」
「彼となら、セックスできる、と。」
「なっ・・・。」
顔を赤らめる女。否定しようとして、できなかった。同僚と共に彼の作品展を訪れた時だ。ふざけた調子で、しかし内心本気で、そんなことを口にしたような気がする。それをどこかで聞かれていたのだろうか。
「別にあなたを馬鹿にしようなどとは思っておりません。私は真面目に・・・。」
「こんな話、真面目にって、それこそ馬鹿げてるわよ。」
「・・・いいえ、馬鹿げてなどいません。私は彼のために、真剣です。」
確かにその表情は、真剣そのものであった。
「彼は、人の肌を知りません。もちろん、資料では読んだことがあるでしょう。写真集を眺めれば、外見なんていくらでもイメージすることができます。」
「・・・。」
「しかし、その質感ばかりは、触れることでしか得ることができません。幼い頃に両親を亡くした彼は、無意識のうちに、人と自分との間に壁を作ってしまっています。」
「それは、聞いたことがあるわ。でも、だからって何をしようっていうの。私に、彼の親になれとか言うつもりなの。」
「いい加減、誤魔化すのはよして下さい。あなたは頭がいい、会話の流れから解るはずだ。」
「・・・ほんと、あなたって人が悪いわ。苦手よ、そういうの。」
「おや、意外ですね。セックスは苦手でしたか。」
「そっちじゃないわよ!」
「・・・あんまり経験が無いとか。」
「あるわよ!」
男が足を止める。すっかり赤くなった顔で、女も立ち止まる。長い廊下は終わり、そこには扉があった。スタッフオンリーと簡単に書かれたこの扉の向こうに、彼がいる。雰囲気でわかる。
「どうです、まだ返事を聞いておりませんが。」
「・・・やるわよ。それが彼のためなんでしょう。」
そう言いながらも、内心ではしてやったりな表情を浮かべている。そんな自分が、少し嫌になった。
 部屋の中は薄暗く、奥の方だけぼんやりと灯りがともっていた。その中に浮かぶ、彼の横顔。無精ひげは相変わらずだった。ゆっくりとこちらを向いた彼は、私を見て驚いたようだった。
「それでは、私はこれで。」
男が部屋を出ていく。二人きりになった部屋の中で、しばらくの静寂を過ごした。すっかり手を止めた彼が、椅子から立ち上がり、歩いてくる。全く変わらない、少し上から見下ろすような視線。首を少しだけ上に傾けると、彼の吐息が小さく聞こえてきた。
「あなたの絵、素敵よ。技術はもちろん上がったけれども、それでも全然変わらない。」
「・・・君も、変わらないね。僕に向ける顔は、他の人とは違う。哀れみや好奇の類ではない。慈愛と尊敬に満ちている。」
「どうかしら、私だって他の人と同じよ。ただあなたの絵に興味があって、あなたの絵が、好きで・・・。」
そして、と言いかけた時に、彼の指が頬にそっと触れた。視線が少し滲み、耳が熱くなる。
「ううん、違う。私が好きだったのは、絵なんかじゃないわ。そう・・・。」
彼の腕が背中に伸びる。引力に身体を預けるように、私は宙へ舞い上がった。ひげが顎のあたりをさらさらと撫でる。軟らかいが、少し渇いた彼の唇。画用紙に描かれたバナナを食べたのならば、こんな食感がするのだろうか。その後は、自分が現実にいるのか、絵の中にいるのか、区別がつかなかった。浮遊感の中で私は彼の名前を呼び、彼は私の名前を呼んだ。絵の具をかき混ぜるように、二人はとろとろに溶けていった。
 やがて、気付いた時にはベッドの上で息を整えていた。側に彼の姿は無いが、カンバスを削るような音に、彼の存在を感じることができた。身体を起こすと、淡い光の中で、彼が全身を動かしていた。いつもと変わらない、夢中で絵を描く彼の姿だ。私は少し安心して、そのまま眠りについた。

 次の日、彼の画廊には立派なおっぱいの絵が加わった。





*ピンポン玉の心

 幾度と無く放たれる、渇いた音。地面を擦る、喘ぎにも似た叫び。部屋中を埋め尽くした恍惚が頭を満たしていく。右手で繰り返す、スナップをきかせた前後運動。からくり人形のような単調な動きに、景色が同調してくる。永遠とも思えるフィルムの中、身を委ねる閉塞感と開放感。僕はこれが、たまらなく好きだ。
 ラケットの横をすり抜け、弾丸が身体を掠めていった。テーブルの向こうに立つ男はフォームを崩さぬまま、満足そうに笑った。
「千回は続いたか、新記録・・・かな。」
霞のような幻想が薄れ、鮮明さを取り戻す。小気味良い音を鳴らしながら跳ねる玉は、部屋の端に寄せられた、折り畳み椅子の間に入り込んでしまった。静まり返る多目的ルームの中、ただ二人の息の音だけが、ぼんやりと残っていた。
「気にしていると思ったけど、案外大丈夫そうだね。」
そう言ってラケットをテーブルの上に置く。気にしている、か。自分でもよくわからないというのが、正直なところだった。
 運動経験の無い僕が卓球部に入部したのは、本当に気まぐれとしか言いようがなかった。なんとなく運動部に入りたい、なんとなく卓球なら出来そうな気がする。その程度だったし、それでいいと思った。才能は無いだろうし、努力の量だって人並みな僕は、決して上手いプレイヤーではなかった。しかし、そんなことはどうでもよくて、向かってきた玉をただ無心で打ち返す、これが楽しくてたまらなかった。緩やかながら少しずつ上達を重ね、二年目。先の大会に出場することになり、僕は少し動揺した。顧問の先生はこれも経験だからと言ったが、気乗りはしなかった。憂鬱な気持ちで試合会場を訪れた僕の前には、大きな海が広がっていた。波と波がぶつかり合い、濁流となってコートの上を滑る。緊張する間も無く、僕はすっかりおぼれてしまった。初出場、予選敗退。混乱の渦中で、そんな記録だけを辛うじて持ち帰った。
「楽しかっただけの卓球が、なんだか虚しくなった。差し詰めそんなところかな。」
時間外の練習に誘ってくれた部長は、まるで心の中でも見透かすように言う。反射的に目を逸らした自分が、なんだか格好悪くて、手の中のグリップを握り締めた。自分にとっては趣味の道具でしかなかったこれは、あの会場にいた人達にとっては、まるで心血を注いで研ぎあげた刀のようだった。その出で立ちには誇りを感じたし、迸る情熱に満ちた眼差しは、眩しすぎて目が眩むようだった。そんな決戦の場にただ一人、場違いとしか思えないような自分がいた。思い出すだけでも耳が熱くなる。
「違和感、そうだね、温度差っていう言い方が近いかな。みんな、勝ちを目指して日々練習に励み、あの大会に全てをぶつけてくる。」
そうだ、みんな本気なんだ。それぞれ目的を持って、このスポーツに取り組んでいる。あの大会を勝ち進むために、想像もできないくらいの努力を重ねているのだろう。それでも勝ち抜けるのは一握りだけで、中には実力を出し切れずに涙を呑む人だっている。大会というのは、そういうものだ。中途半端な気持ちで取り組んでいる選手なんて、どこにもいないんだ。それなのに、僕は――
「遊びでやってる自分が、恥ずかしくなった、かな。」
黙って俯く僕の気持ちを、先輩は代弁する。ミネラルウォーターを片手に持った先輩の額には、汗が輝いていた。その程度の光でさえ、今の僕には眩しすぎた。
「・・・気持ちはわかるけど、ね。考えすぎもよくないよ。卓球部は別に、プロの選手を育成する場所なんかじゃない。大会で記録を残すための部活でもない。先生は君に、色んな卓球を見せたかっただけだよ。みんなで楽しむための趣味の卓球、プロを目指すための本気の卓球。側面はそれぞれだけど、君が何をしたいかは、君が決める問題だ。正解なんて無いよ。」
僕はどちらかというと趣味よりだけどね、と付け足して笑う先輩は、慰めるための冗談を言っているようにも思えた。しかし、その楽しそうな目には、偽りなど感じられない。あんな風に自信を持って言えるのが、羨ましかった。ペットボトルを鞄にしまいこみ、テーブルに引っ掛けた紐を解く。それを見て、慌てて僕も反対側に回って手伝う。
「ま、迷うのは悪いことじゃないよ。それも青春ってやつさ。」
ドラマのようなセリフを言いながら、意地悪く笑う。ネットを外すと、先輩は手際よくそれを畳みだす。僕はテーブルの脚のキャスターについた、ストッパーを外した。
「台は運んでおくから、君は・・・そうだ、凹んだ玉を戻しといてよ。」
そういって目で合図する先、そこに置いてあった箱を拾い上げ、僕は部屋を出た。
「ラリーをしてる時の君、いい目をしているね。」
ドアを閉じる間際の先輩の一言が、少し温かかった。
 給湯室でバケツに湯をため、凹んだピンポン玉を放り込む。表面をてらてらと輝かせたそれは、しだいに膨らみ、元の球体へと戻っていく。じっと眺めていると、押し殺していた笑みが自然とこぼれ、心が軽くなっていった。





*ルドルフ・シルヴェストリの遭遇

 夜のアーカムは暗い。最近できたばかりの街頭が、霧の中でぼやけている。私立探偵のルドルフ・シルヴェストリは、くすんだベージュのトレンチコートを身に纏い、細い道を選んで歩く。暗がりを求めるかのようにも見えるが、彼には目的の行き先があった。路地裏からたちこめる臭いは酷いもので、街路に立ち並ぶ店でさえ、そこはかとなくアンダーグラウンド臭が漂っている。酒に酔った下品なごろつきが、物乞いをする浮浪者を足蹴りにしているが、通りの反対側を歩く警察官は我関せずだ。同じボストン市内でも、彼の住んでいるノースエンドとは比べるのもばかばかしい。
 ダウンタウンを抜けてイーストタウンへ。やがて、離れていても聞こえてくる馬鹿騒ぎが、目的地への接近を知らせた。店内は汚らしい雑音で溢れ、無意識のうちに顔が歪んでしまう。禁酒法もこの店には関係無い。店内では得体の知れない安酒が堂々と振舞われ、顔を赤くした男達が浴びるようにそれを楽しんでいた。指定されたテーブルに着くと、しばらくして向かいにインスマス顔の男が座った。指定された時間通りであった。男は運ばれてきたウイスキーを一舐めし、にやにやと笑った。
「へへ、悪いね。ひと月・・・いや、一週間ぶりの酒だ。」
「酒を奢りにきたわけではないが。」
「わぁってるってぇ。ヒック!」
ルドルフの脳裏に不安が過ぎる。不機嫌そうに人差し指でテーブルを叩くが、男はただ下卑た笑いを浮かべるだけだ。
「それで、確かなんだろうな。」
「疑ってもらっちゃあ、困る。これでもちゃんと仕事はするってぇ、一部では評判なんだぜ。」
「・・・なるほど、しかし手っ取り早く情報を渡してくれるのも、仕事の一部なんだが。」
「つれねぇな、兄ちゃん。」
すっかり鼻の頭を赤くした男は、くしゃくしゃになったメモ紙を、ルドルフにそっと手渡した。広げてみると、下手糞な字で住所が書かれているようだった。リバータウン・・・確か、ここからは近い。
「そこの家の夫婦、半月ほど前に死体で発見されてんだぜ。不審死ってやつだ。」
男が急に真面目な声を出したので、ルドルフは身構えた。
「不審死、ね。それで、例の事件との関連性はあるのか?」
「さあねぇ。」
「ふざけるなよ。」
「おいおい、憶測でモノは言えねぇ。それに関連性を調べるのはアンタの仕事じゃねぇかい?」
「・・・屁理屈を。」
「いいから話を聞けって。アンタの調べてる事件と共通点が多いのは確かだぜ。」
「それを早く話せと言っているんだ。」
「まあまあ、慌てんなって。」
声を荒らげたルドルフを、男が制する。店内の視線が自分達のテーブルに集まっているのに気付き、ルドルフは舌打ちをした。中折れ帽を目深に被り、テーブルの前で静かに指を組む。男がウイスキーを飲み進めるのを眺めるうちに、周りの客はだんだんと興味を無くしたように、店内は喧騒を取り戻していった。頃合を見計らい、男が話を続ける。
「アンタの調べている事件、探ってみたぜ。ありゃあ酷い。」

 一週間ほど前だ。依頼人はアーカムに住む富豪の男だった。彼の娘は、それは惨たらしい姿で発見された。顔、胸、性器に至るまで、彼女を象徴する部位は、ことごとく失われていた。衣服と少しだけ残った髪の毛によって断定されるまでは、その正体すらわからぬほどであった。怯えた様子で泣き付いてきた男は、娘の敵を探すというよりは、己の身を案じているようであった。無理もない、発見された死体の様子は、モノクロ写真ですらその残忍さを物語るのに充分な代物だった。それが変わり果てた娘の姿だったというのだから、その日のうちに別の街に移り住んだというのも、納得のいく行動だった。
「俺もあの写真は見たが、ありゃあ酷い。あんなことを出来るのは悪魔か、それとも。」
神の類か、そう言って男は不気味に笑う。ウイスキーの瓶はすっかり空になっていた。
「バカバカしい、人の道を踏み外した猟奇殺人者が神になど。」
「さあねぇ。俺もこの仕事は長いが、ああいった連中の考えるこたぁ想像を絶してる。アンタもわかるだろ。」
さり気なく二本目を頼もうとする男を、睨みつける。男は慌てて話を続けた。
「そんで、話を戻すが。さっきの不審死をした夫婦ってのがな、全く同じような死に方してんだよ。自宅の裏手の林で、カラスが騒いでるところを、隣の家に住む老人が発見した。ま、その老人も、すっかり狂っちまったがなぁ。ひひっ。」
何が楽しいのか、男は不愉快によだれを散らす。
「・・・で、その夫婦には一人息子がいるんだが。」
「息子か、年は。」
「まだ十もいってねぇ。そいつがまだ、一人でその家に住み続けてるっつう話だ。」
「親戚はいないのか。」
「さあねぇ。たとえ俺が親戚でも、あんなの不気味すぎていけねぇ。なんせ、親が無残な死に方したってのに、平然としてるんだぜ。」
「警察は。」
「とっくに調べたみてぇだが、相手は年端もいかねぇガキんちょだ。そんなやつが親の身体を切り取って、家の裏の林にぶら下げようなんて、無理のある話だ。ま、地元のカルト信者は悪魔憑きだのなんだの言って騒ぎ立ててるみてぇだがな。」
「なるほど、な。確かに犯人とは思えないが、気になる点も多い。会ってみた方がいいかもしれないな。犯人を目撃している可能性だって考えられる。」
ルドルフは懐から封筒を取り出し、テーブルの上に置くと席を立つ。男がその中から札を取り出して数える。
「おいおい、こんだけかよ。今日の酒代にもなりゃしねぇ。奢ってくれるんじゃなかったのかよ。」
「そんな約束をした覚えは無いが。」
「ひでぇなアンタ、こんだけ良い働きをした俺を見捨てようってのかい。酒が飲めなきゃ、俺は、俺は・・・。」
男はその場でめそめそと泣き出し、しまいには早死にしろだの、背後に気をつけろだの、わけのわからないことを騒ぎ立て始めたので、ルドルフはため息をついて酒代を追加した。
「へへ、兄ちゃん、神はきっと見守ってくれてるぜぇ、ヒック!」
長居は無用だ。すっかり息が詰まってしまいそうだったので、足早に店を出た。街はすっかり冷え込み、人通りも疎らだった。こんな時間に、とも思ったが、どうにも気になって仕方がない。ルドルフはリバータウンを目指して歩いた。

 紙に書かれた住所を改めて確認する。間違いない。伸びきった庭草を横目に、玄関へ向かった。木の扉を二度叩くと、ほどなくして廊下を走る音が聞こえてきた。音を立てて扉が開き、顔を出したのはルドルフの胸ほどの背丈の少年であった。
「やあ、夜遅くにすまないね。おじさん、調べごとをしていてね。」
お腹がすいてないかい、そう言って菓子の入った袋を差し出す。少年はじっとこちらを見返していたが、やがてにっこりと微笑み、何も言わずに袋を受け取った。扉を大きく開き、中へ招き入れているようだったので、ルドルフは家に上がりこんだ。家の中は真っ暗で、僅かに埃のにおいがした。オイルライターの灯りを頼りに、部屋の中を見てまわる。少年は特に構う様子も無く、ぱたぱたと二階へ上がっていった。じっと耳を澄ますと、鼠の走り回るような音が聞こえてくる。バスルームに、ソファの置かれた書斎、割れた窓から風の吹き込むダイニングキッチン、一通り観察するも、特に変わった様子は無い。気になることといえば、食料らしき食料が見当たらないことくらいだ。少年は一体、どうやって暮らしているのだろう。そう思い、階段を上がる。唯一灯りの漏れる部屋を見つけ、ルドルフは吸い込まれるように近づいていった。部屋の中では、少年がクレヨンを振り回し、紙に絵を描いているようだった。見ると、部屋中に少年が描いたであろう絵が散らばっていた。どれも複数の色を使ったカラフルなものであったが、その内容はまるで形がわからぬものばかりだ。ルドルフの足元に一枚だけ、生物の頭を模したような絵が落ちていたが、その顔面は緑で塗りつぶされ、髭のようなものがいくつも伸びていた。目は黄色く光り、まともな発想で描かれたものとは思えない。しかし、子供の描いたものと思えば、別段不自然なこともなかった。
「何を描いているんだい。」
ルドルフが優しく声をかけると、少年は手を止めた。クレヨンを握ったまま、手元の紙をルドルフの前に広げると、にっこりと笑った。紙を見るが、その内容はやはり名状しがたい。
「これは、えっと・・・?」
「わかんない!」
少年は初めて口を開く。
「おじさん、わかる?」
「えっと、なんだろう。お花畑かな。」
「わかんない、でも違うよ。」
少年は絵をルドルフに渡すと、部屋のあちこちから絵をかき集めた。次々と指を差してルドルフに見せる。
「これはね、昨日見たやつなんだよ。」
「昨日、見た?」
「うん!」
上目遣いの少年は、さらに上、天井を眺めるような動作で思い出すように、言葉をひとつひとつ並べていく。
「昨日ね、寝てるときに、見たんだよ。」
「・・・夢か。」
「夢じゃないよ。僕、そこを歩いたもん。」
「歩いた・・・それじゃ、ここ、どこかの風景かい?」
「わかんない!」
少年はへらへらと笑う。ルドルフは肩をすくめた。一枚ずつ紙をめくり、ルドルフに見せてくるが、適当な相槌を打って微笑み返すことしかできなかった。
「これは、忘れた!これはねー、ええと。忘れた!」
少年は全く必要の無い情報を楽しげに繰り返す。やがて、先ほどの緑色の顔面の絵が現れた。
「これは、何かな。動物?」
「これは・・・。」
少年が何かを考えながら、口ごもる。
「これはね、いつもお喋りしてるよ。」
「お喋り?」
「うんー!」
少年は嬉々として、色々教えてくれるんだよ、と呟いた。夢の中の出来事だろうか、ルドルフはそう思ったが、先ほどのやりとりを思い出して言葉を引っ込めた。全ての絵を見せ終わると、少年は満足そうにその場に絵を散らし、部屋を出ていった。ぱたぱたと階段を降りる音が聞こえたので、ルドルフも後に続く。少年は家の中を走り回り、どこかの部屋に入っていった。あそこは確か、書斎だったか。ルドルフは思い出しながら、その部屋に入っていく。壁を削るような大きな音に驚き、オイルライターの火を灯すと、部屋の隅の本棚が動いた。埃の立ちこめる中、その下に開いていたのは、まっ暗な穴。見ると、階段が下に向かって伸びている。足音から、少年がその下に向かっていったことがわかった。近づくと、その中からは冷たい空気が漏れていた。秘密の地下室だろうか、ルドルフはもはや調べずにはいられなかった。
 短い階段を降りると、岩の地面を踏みしめた感触があった。僅かに足が滑るので、おそらく湿っているのだろう。緩やかな下り坂を、注意深く奥へと歩いていく。周りもごつごつとした岩の壁と天井で囲まれていて、まるで洞窟のようだった。坂を下りきると、広く開けた空間があった。地面が柔らかな感触へと変わる。僅かに黄色がかった白い砂地のようだった。風が不規則に通り抜けるような音が静かに響くが、少年の声や足音は聞こえない。民家の地下に、こんな空間があるとは、すでにルドルフの想像を超えていた。砂地を歩いていくと、岩の壁には横穴がいくつも開いているのが見えた。真っ直ぐにいける所まで歩いてみたら、その端にはうっすらと水が満ちていた。水は濁っているが、その傾斜から想像するに、遠ざかるほどに深くなっているのだろう。さすがに、この先まで少年が進んでいったとは思えない。ルドルフは諦めて踵を返した。その時、視界の端に何かが見えた気がして、ルドルフはそちらへ近づいてみた。そこにあったのは、ルドルフの身の丈よりも僅かに背の高い石造であった。台座はきっちりと四角く整っており、それが人工物であることは一目瞭然だ。
「どうしてこんなものが・・・。」
ルドルフはその形を見て、息を呑んだ。太い四肢を持つそれは、その顔から幾つもの触手が垂れ下がっている。背中には悪魔のような大きな翼が張り付き、一見するとそれはまるで蛸の化け物のようだった。少年の部屋で見た、緑色の絵を思い出す。
「そうか、あの絵はこの・・・。」
「おじさんも、行っちゃうの?」
不意に後ろから少年の声が聞こえてきたので、振り返った。先ほどから鳥肌が止まない。少年はそこに佇み、こちらの様子を伺っていた。無垢なその視線は、凍り付いてしまいそうに冷たい。
「君、ここは危険だ。おじさんと戻ろう。」
そう言いかけた時だった。遠くで水が跳ねるような音が聞こえ、だんだんと近づいてくるのがわかった。水辺にオイルライターの火を向けると、薄ぼんやりとした景色の先で、何者かが這い上がってきた。
「なんだ、あれは・・・。」
人間のような体型をしているが、目は離れ、大きく飛び出している。厚く広い唇は、まるで蛙を彷彿とさせた。不気味に揺れながら近づいてくるそれは、少なくとも三人はいるようだ。だらりと垂れ下がった手には、先端が三つに分かれた銛が握られている。
「逃げるぞ!」
身の危険を感じたルドルフは、背筋を凍らせながら少年の手を引くが、微動だにしない。少年はただ不思議そうにこちらを眺めるばかりだった。こうしている間にも、不気味な人影はだんだんと近づいてくる。
「くそっ!」
ルドルフは少年の手を離し、一目散に来た道を戻る。背後からはひたひた、ぴちゃぴちゃという音が張り付いて離れない。手元の光が急に萎み、やがて油臭さを残して見えなくなった。
「畜生、こんな時に!」
ルドルフは己の記憶と感覚だけを頼りに、幾度も足を躓かせながら坂を上っていく。足がすべり、硬い突起に顔をぶつけた。鼻の中から温かいものが流れ出たが、怯まずに手探りで前を目指す。手に硬い感触を見つけ、大急ぎでその階段を駆け上ると、月明かりの差し込む書斎へと辿り着いた。側にあった本棚を倒し、地下への入り口を塞ぐ。それだけでは心もとないと、ソファ、タンス、部屋にあったものを片っ端から積み上げた。やがて何かを叩くような大きな音が、部屋に響く。棚に飾られていた何かのトロフィーを手にとった。長さも硬さも充分なそれを構え、じっと息を殺す。どのくらいの時間が経っただろうか、しばらく繰り返された音はそのうちに止み、ひたひたと湿った音が遠ざかっていった。ルドルフは呆然として、立ち尽くした。

 家を出ると、酒場で会ったインスマス顔の男が道路に立っていた。ウイスキーの瓶を煽りながらこちらを眺めると、静かに肩を震わせた。ルドルフは男に近づいていくと、胸倉を掴んで睨んだ。男はただへらへらと笑うだけで、何も語らなかった。酒臭さに顔を歪ませ、男を放す。ふらふらと、どこへともなく歩いていった。

 その日から、ルドルフは得体の知れない夢に悩まされるようになった。見たこともない世界で、見たこともない生物に追いかけ回される。そのうちにルドルフは精神を病み、寝ても覚めてもわけのわからないことを呟き出した。事務所は廃業となり、すっかり落ちぶれてしまった彼は、いつの日か突然失踪してしまう。その行方は、ようとして知れない。





*バックホーム・クライシス

 家に帰る頃には空はすっかり暗く、決まって母親から小言を言われるのが日課であった。どこをほっつき歩いてたんだ、寄り道をするな、などと捲くし立てるような言葉を聞き流しながら、悔しさにテーブルの下で拳を握り締めた。

 帰らないのではない、帰れないのだ。

 その日も、大きい道路の真ん中にある安全地帯で、僕は立ち往生していた。どうしてこんな事になったのか。手っ取り早くいうと、僕の度を越したタイミングの悪さ、そして不運が原因だった。今日こそは真っ直ぐに帰ろう、ホームルームが終わると同時に教室を飛び出した僕は、一目散に通学路を駆け抜けた。しかし、それを阻むものがいつも通りに次々と押し寄せる。水溜りに足をとられ、ゴミ捨て場に群がるカラスに突かれ、自転車に乗ったおばさんのホーミング攻撃に弾き飛ばされる。そして、気付いた時にはここにいたのだ。車は激しく往来し、渡る隙など見つからない。諦めてその場に座り込んだ僕は、ああまた今日も怒られるのだろう、そんなことを思ってため息をついた。
 その時だ、彼と初めて会ったのは。彼は優雅なステップで、残像を陽炎のごとく残しながら、車と車の間をすり抜けていく。同じ制服を着ているが、見覚えが無いので先輩だろうか。その姿をぽかんと見つめる僕に気がつくと、すっと近づいて来るではないか。足元がふわりと宙に浮いた次の瞬間には、僕は歩道へと着地していた。お礼を言おうと姿勢を正すが、突然のことに動揺して言葉が出ない。彼はそんな僕に向かってにっこりと微笑むと、耳元でそっと囁いた。
「部室棟の南の端、話はそこで聞こう。ただし、集まるのは朝早くのみだ。」
聞き返す間もなく、振り返ると彼の姿はどこにも無かった。ただ少しの、ミント的な残り香だけが漂っていた。

 そして一ヵ月。僕は先輩の指導の下で己を研いた。帰宅するためだけに特化したトレーニングメニューにより、脚力、バランス感覚、そして状況判断能力が重点的に鍛え上げられた。すっかり出来上がった僕の身体を眺め、先輩は満足げに頷く。
「基礎は充分だ。今日から、実践編といこうか。」

 ホームルームが終わると同時に教室を飛び出す。水溜りを軽やかに飛び越え、カラス達の四方八方からの攻撃を鮮やかに回避する。風と同化した僕は、そのまま通学路をひた走る。大通りの歩道に出ると、彼方から強烈なプレッシャーを感じた。自転車に乗ったおばさんだ。左右どちらに避けようが、物凄い反応速度で的確にホーミングしてくる。車道を見るが、車が激しく往来している。先輩ならまだしも、この数を捌くのは、僕にはまだ無理だ。それなら…!
「これで、どうだァーッ!!」
足に力をため、跳躍する。車道とは反対側、民家のブロック塀の上を垂直に、僕は駆け抜けた。後ろで自転車が倒れるような音が大きく響いた。

「7分12秒、自己ベスト更新です!」
早朝の部室で息をきらしながら、報告する。
「先輩、本当に…ありがとうございます。先輩のおかげで、僕…。」
歓喜に涙を滲ませる僕の言葉を、右手で軽く制した。
「なあに、君の中の、眠っていた力を呼び覚ましたまでだ。それよりも…。」
先輩は振り返り、校庭を眺めながら言う。
「本当の戦いは、ここからだ…!」

 先輩は僕に、帰り道を切り開く力をくれた。しかし、大きな力はいずれ災いを呼ぶだろう。朝の校庭で不敵に笑う影は一体…?戦慄に身を奮わせながら、僕は朝礼を知らせるチャイムを聞いた。
「まさか、あいつが登校してくるなんてな…。」
"スタイリッシュ帰宅部"の部室の中、一人残された陽炎の貴公子は、決意に満ちた目で空を仰いだ。
posted by トドロキ at 05:00| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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