2011年12月02日

夜の短編喫茶3

毎日書く習慣よりも、毎日他の人の作品を読む習慣がついたことで、なんか色々ためになってます。

●お品書き
1.人生ゲーム
2.作者仮病につき
3.人族館にようこそ
4.砂の宮殿
5.オモチャ売り場





*人生ゲーム

 幼い頃からゲーム脳だった僕は、日々起こる出来事すべてがイベントだった。最適な道を通り、障害を避け、たまに未回収の要素を探索する。ミスをしたらコンティニューをするし、経験を重ねたらその都度レベルアップしてきた。人と問題無く会話をすることができたり、盛り上げたりすることができた時なんかは、良いロールプレイができたな、と満足した。トライアルアンドエラーな人生はやりがいを感じたし、平均的な能力値の僕にとっては、ゲームバランスも丁度良い。この上ない良ゲーと呼べるだろう。
 深い慟哭と共に魔王の身体が崩れ落ちる。一ヶ月かけてプレイしたお気に入りのRPGは、ようやく大団円を迎えた。作中作のスタッフロールを見ながら、経験値と幸福感のパラメータが上昇したのを感じていた僕は、ふとした拍子に気になってしまった。このRPGの主人公、紅蓮の勇者ロッソを操作していたのは、他でもない僕だ。それでは、人生というゲームの、僕という主人公は、一体誰が操作しているのだろうか。普通の人なら自分自身でしょ、と軽く笑いとばせる問いを、僕は真剣に考えてしまった。
 思えば、僕の名前は自分で考えたものではない。物心ついた時には既にエディットされていた。ステータスだってそうだ。キャラメイキングなんかした覚えは無いが、僕は既に遠距離万能型サポーターとして、アイデンティティを確立している。これまで手に入れてきたアイテムは、自力で手に入れたものだったのだろうか。身に付けてきたスキルの選択は、自分の意思だったのだろうか。もし僕が、僕以外の手によって動かされているとしたら。そう考えはじめたら、とたんにやる気ポイントが急降下してしまった。
 悶々とした気持ちを抱えながらも、解決の糸口は見つからない。交通調査のアルバイトをしながら、いくつもの仮説を浮かべては消した。この仕事は好きだ。考え事をしながらいつまでも座っていられるし、趣味の人間観察を存分に楽しめる。あのスーツを着た男は、会社員だろうか。電話をかけながら誰にでもなくお辞儀をしている。姿勢のパラメータが低いのだろうか、でもポテンシャルは高そうだ。あっちの子連れの女は、主婦だろうか。パーティを組んでいると、やはり攻略が楽なのだろうか。高校の頃、女の子にフラれたのを思い出す。あの時ばかりはレベリングの大切さを思い知った。横断歩道の向こうにいるのは、腰の曲がったおじいさんか。このゲームは老化の概念があり、体力が底をつくとキャラロスをしてしまう。よろよろと危なかしい歩きを見ながら、世の無情さを考えさせられた。さて、次はどの人を観察しようかと、辺りを見回していた時だ。道路を渡り終えたおじいさんが、こちらへ向かってくる。
「や、すみませんね、チョット教えてほしいんですが、南口はどちらでしょうか。」
ランダム発生イベントだろうか。幸いこのシステムはシンボルエンカウントなので、心構えをする余裕があった。僕は落ち着いた調子で笑顔のエモーションを選択し、用意しておいたテンプレート文を貼り付けた。
「ここは東口です。この道を右に行けば、南口に行けます。大きな壁画が目印ですよ。」
おじいさんは、どうもありがとうと頭を下げ、指さした方へ歩いていった。僕はその姿をしばらく眺めていた。
 帰宅して、冷えたコンビニ弁当を口に運ぶ。今日の出来事を頭の中で思い返していたら、非常に気になる仮説が浮かんだ。もしかして僕は、村の入口などにいる、あの村人のポジションなのではないだろうか。勇者の一言に対して、ただ道案内をするだけの存在。特に大切なことを言及しないし、関わることでフラグが立つなんてこともない。ゲームに深く関わったりしない、要するにモブキャラというやつだ。なんだ、それなら、僕は思い悩む必要なんてなかったんだ。誰かによって動かされているわけではない。自分の意思で、ランダムに歩いているんだ。ゲームシステムによって役割を与えられた、使命の無い自由な存在。それが僕だ。僕を悩ませていたリドルは、呆気ないくらいにあっさりと解けて消えた。解答を導き出せたことに満足し、僕はセーブをして眠りにつく。明日もまた、人間観察をしながら、経験値を稼ごう。電気の消えた部屋で、これから先のシナリオを想像した。
 眠気が少しずつ流れ込んでくる中で、突然発生したエラーに、僕は飛び起きた。倒したと思っていた敵が、さらにパワーアップして戻ってきたような心地だった。僕は、ゲームシステムによって役割を与えられた存在。では、このゲームシステムを作ったのは、一体誰なんだろうか。もしも、僕のステータスも、行動も、全てが誰かによってプログラミングされたものだとしたら…。再び訪れた自問自答の日々。答えなきゲームはまだまだ続く。





*作者仮病につき

 もうほんと、頭痛いんすよ、寒気がするんすよ。流行りの病原菌ですかね、はたまた未知のウイルスか・・・。やばいですよ、あなたも近づいたら侵されるやもしれません。私に構わず、早く帰った方がいいと思いますよ。
「・・・。」
あ、なんですか、その目は。仮病を使って逃れようなんてこれっぽっちも思っていやしませんよ。私がそんな非人道的な真似をするように見えますか。見えませんよね。私ってほら、誠実さが売りですから。人の心を裏切るなんてとんでもない、そんなこと私の正義が許しません。つまり私がそんな、病欠なんて事態に陥る時は、例外なくやんごとなき事情がある時に限るんですよ。それはあなたも知っておいでですよね。確かに私はこれまでにも一回休載をしたことがありますよ。でもそれは、仕方の無いことだと思いませんか。お題が"妹"だったんですよ。ほら私、男ですし。妹の気持ちなんてさっぱりわかりませんよ。お題が"弟"だったら良かったんですけどね。インスピレーションが湧かないと、小説なんて書けるわけがありません。適当に書き散らした文章でお茶を濁すとか、やろうと思えばできましたよ。でも、よく考えて下さい。そんな中身の無い小説、読みたいですか。いえ、言わなくてもわかります。読みたくないですよね、私も読みたくないですし、書きたくないです。そんなものは休載よりもひどい。読者を馬鹿にしています。欺瞞に満ちた、恥ずべき行為です。いや、ほんと無念でしたね。"妹"でなければ書けたんですけれども。悔しいなあ。よりによって"妹"なんだもの。残念だなあ。
「いや、お前さ。家族に妹いるじゃん。」
そそそそそそそんな、いつの間に調べたんですか、はは・・・人が悪いなあもう。確かに妹はいますけれどもね、もう八年くらい会ってませんし。だいたい、妹がいるからといって、妹の気持ちがわかるわけじゃありませんよ。ほら、実の妹って、なんとなく憎たらしいじゃないですか。あんまり仲良くないですし。良かれと思って親切にしてやったら、なんですか、ウザいだのキモいだの。世間では妹というのは、神聖かつエロティックな存在だというのが一般的な通念らしいですが。実際はそんなものとはほど遠い、あれは野獣か、あるいは悪魔の類ですよ。そんな得体の知れないものの気持ちを想像しろだなんて、まったく神にでもなれと仰るつもりですか。フェルマーの最終定理でも研究していた方が、まだ有意義だと思いますがね。
「気持ちがわからなきゃ、想像すりゃいいだけの話だろ。お前の小説にリアリティなんざ期待しちゃいないよ。」
あー、言っちゃいました。言っちゃいましたね。まったくひどいことを仰る。今のは来ましたよ、ぐさりと来ましたよ。なんかもうだめだ。足元がおぼつかない。景色がぐるんぐるん回りだしました。私の冒険はここまでかもしれません。残念だ、非常に残念だ。私の小説を待っている読者の方々のためにも、原稿を進めないといけないのに。動け、腕よ動け・・・。うわあだめです、無理です、すんでのところで力が入りません。これじゃペンなんて握れません。ましてや明滅するパソコン画面を眺めながら、キーボードを叩くなんてもってのほかです。それともなんですか、あなたは私のライター人生などどうでもいいと、そう仰るのですか。一日の原稿と引き換えに、私の未来を閉ざせと。これから生まれてくるかもしれない数多の小説を、この一日のために大虐殺しろと。なんてひどい、それこそ野獣や悪魔の所業。あなたもしかして妹ですか。あ、いえ、すいません、冗談です。無言でテーブルを叩くのやめてください。びっくりします。ともかく、私はもうだめです。今のままじゃ、とても小説なんて書けませんし、それはあなたもよくわかったでしょう。諦めましょうよ、私も一緒に諦めますから。その代わり、今日一日休んだら、ちゃんと明日は書きますから。無理難題が出ない限りは、ちゃんと書きますから。だから今日だけは。今日だけは勘弁して下さい。自宅療養に努めますから、どうかお帰り下さい。優しい言葉など結構です。ただ仕方が無いなと、そう思って部屋を出ていってくれるだけで充分です。もう、これ以上・・・私を苦しめないで下さい。うっ、うっ・・・。
「なるほどな、言いたいことはよくわかった。」
そ、それじゃあ。
「こうなったらお前はテコでも動かないだろうからな、時間は無駄にしたくない。今日は帰ることにしよう。」
ぶわっ、涙が。見てください、涙が。両目から溢れんばかりの感激の涙。やはりあなたは良い編集者だ。人の気持ちがわかる、それでいて、常に最良の選択肢をとれる。あなたが編集者で良かった。私はあなたのその慈悲の心に、感動を禁じえません。私の中で暴れる病の虫も、あなたの後光を浴びた今では、きっと息も絶え絶えとなっていることでしょう。お任せ下さい、必ず治してみせます。そして明日になったら、元気な姿で庭を駆け回る私の姿をご覧に入れましょう。今日はどうも、無駄足をさせて申し訳ない。そして、ありがとうございました。これからも、よろしくお願いいたします。いつまでも作家に愛される、優しき編集であることを。
「それじゃ、録音してた今の会話、文章におこして載せとくから。お疲れさん。」
ええ、ご足労様でした。それではまた明日。って、ちょっと。それはひどくないですか、ねえ。あ、待って下さい、ちょ、待って下さいよ。待って、ちょっと!おおい!うわ、足速っ!ちょっとー!そんなのって無いっすよー!

「あいつのサボり癖は、ほんと・・・病的だな。」





*人族館にようこそ

 近所の海を泳いでいた時のことだった。頭上に一隻の船がやってきたかと思うと、そん中から出てきたダイバーが、俺の背びれを撫でて言ったんだ。なんて言ったのかって、そんなのわかるわきゃないだろう。ファンタジーやメルヘンじゃあるまいしよ。とにかくそのダイバーは友好的で、俺達魚類に対するリスペクトをビンビンに感じたね。種族の壁を越えた友情ってもんが有り得るんなら、こういうヤツがその存在を証明しているんだろうな。ソウルとソウルで語り合えりゃ、海だの陸だのは瑣末な問題に過ぎねえわけだ。ともかく、俺はそいつのことが妙に気になっちまってよ、ヤツの行く先に着いてってみることにしたわけだ。水槽はちと狭すぎて窮屈だったが、そんなことで騒ぎ立てて、ちっせぇヤツだなんて思われでもしたら面白くねえ。定期的に落とされる上等な食事に免じて、不満のふの字も出しゃしなかったわけよ。そのまま船で運ばれ、車を乗り継ぎ、長時間かけてやっと降ろされた時には、さすがに肩が凝って仕方がなかったね。え、肩なんてどこにあるって。ば、ばかお前、そりゃあ、えっと。あれだ、もののたとえってやつよ。・・・話を戻すぞ、俺が放り出されたのは、どっかの知らねえ海だった。どこまで連れてこられたのかはわからねえが、仲間の魚達も普通に泳いでいやがった。そんでな、行方不明になったって思ってた、俺のマブダチと再開できたんだよ。これにはアガったね。マジで。そいつも、ダイバーにスカウトされて来たんだってよ。なんでも光るものを感じた、とか言われたらしい。光り物だけにな、ってか。ま、どこまで本当か知らねえが。だいたい人間の言葉なんてわかるわきゃねーよ。
 そこいらを探索してみたら、何だショーケースみてえなでっけえガラスがあるじゃねえか。ダチの話だと、ここは"人族館"ってとこらしいな。ガラスで囲まれた檻ん中に、人間達がひしめき合って、俺達はその生態系を観察できるっつー寸法よ。この技術力の高さはさすが、人間が作ったもんだけあるわな。ま、何が面白くて同族を展示してんのか、そこはちっとも理解できねえが。そりゃそうと、俺のいた海じゃとても見ることのできねえ光景だ。竜宮城よろしく、時間を忘れて楽しんだっつっても過言じゃねえ。しかも食事まで支給されるってえ、ここは桃源郷かよ。俺はすっかり元の海に戻る気を失くしちまった。
 そのまま何年経ったかな。すっかり俺は野性ってもんを忘れちまったわけだが。食っちゃ寝て、たまに人間観察。そんな生活を続けてたある日のことだ、俺は故郷に残してきた、お袋のことを思い出しちまった。すぐに戻ると思って、何も言わずに離れちまったからな、心配してるに違えねえ。俺は元の海に帰ろうって、思ったんだが、そう簡単にはいかなかった。まず、人間とは言葉が通じねえ。配膳係のネーチャンに話しかけてみたが、全く伝わる気配がありゃしねえ。ショーケースの掃除をしにくるオッチャンもそうだ。いくら背中を突いたって、ウンともスンとも言わねえんだ。そんならって、ガラスの向こうで飼われてる人間達に語りかけてみたけどな、ヤツら大喜びで近寄ってきては、ひたすらカメラをパリパリ言わせるだけの役立たずだ。やっぱ展示物だけあるわな、知恵が無くていけねえ。
 こうも思い通りにならねえんじゃ、さすがの俺も我慢の限界っつーもんがある。自力で元の海に戻ってやるっつって、あちこち泳ぎ回ったけどよ。結局元の場所に戻ってきちまうんだ。この海域はまったくどういう構造になってるんだよ。もちろん上から出ることなんざ出来るわきゃない。トビウオじゃあるまいしな。そうなったら、もう考えられるルートはひとつしかねえ。あの、展示ガラスをぶち抜いてやるんだ。あっちは陸地みてえだが、ガラスさえ割っちまえばあっち側も海になるだろうよ。そうなっちまえばもうこっちのもんだ。なに、止めても無駄さ。俺は、故郷へ帰る。ま、お前さんも着いてきたいっつーんなら、連れてってやらんこともねえが。そんじゃ、今日も一仕事してくんぜ。達者でな。



「かわいそうに、ガラスに頭ぶつけて死んじゃうなんて。」
「寄生虫ですかね?他の個体も注意して観察しなきゃいけませんね。」
「ああ、よろしく頼むよ。しかし客がいない時でよかった。」





*砂の宮殿

 村一番の美人といわれた少女が、16歳になった次の日のことだった。薄い鎧を着た兵士達が、少女の家を訪れた。照りつける日差しの中、汗だくになりながらも顔色ひとつ変えない彼らは、きっと砂の宮殿からの使いだろう。ああ、彼女も呼ばれたんだな。村人達は哀れむような目で、連れて行かれる少女を見送った。
 揺れる駱駝の背の上から見える景色は、とても美しかった。遠くに沈んで行く夕日は、兵士達の鎧を煌々と照らし、まるで火蜥蜴が笑っているかのようだ。大きなサボテンの下にテントを張り、月明かりの下で薄味のスープを飲む。そのお返しにと、少女は歌を歌う。夜の砂漠は涼しくて、ひんやりと冷たくて、別世界を訪れたように、全てが新鮮であった。
 三日目の昼、長旅の疲れを感じ始めた頃、遠くの方に大きな建物が見えた。金の帽子を被り、真っ白な壁に伸びる艶やかな装飾。並んだ窓の枠でさえ、きらきらと目を刺すようだ。駱駝が足を止めると、少女はすぐに飛び降りて、宮殿の中へと入って行く。そして、辺りをきょろきょろと見回しながら、目を輝かせた。波打ったような模様の刻まれた柱を撫でていると、兵士がやってきて、少女を奥へと案内する。色鮮やかな壷や絵画を横目に長い廊下を歩き、辿り着いた開けた部屋。そこは、床一面が金色の砂で満ちていた。天井からは金色の砂が絶えず流れ落ち、これまた金色に輝く玉座に降りかかる。不思議な光景に言葉を失い、ぽかんと口を開けていると、輝きの中に座した女王がゆっくりと立ち上がった。煌びやかな衣装を纏い、長い黒髪をさらさらと遊ばせながら、輝く砂の上をこちらに向かってくる。少女は姿勢を正し、ゆるく頭を下げた。女王はしなやかな指先を少女の顔に伸ばす。それはひんやりと冷たく、絡み付いてくるかのようだ。金の冠の下に覗く鋭い眼光と、シャープな鼻筋。少女は直感的に、綺麗な人だと感じた。女王は値踏みを終えると、満足そうに振り返り、玉座へと戻っていった。絶えず降り続く砂の中で、女王は微笑みを浮かべる。少女は、少し不気味に思った。
 少女はその後、兵士に連れられ、長い長い梯子を上らされた。村の物見台よりも高いだろうか。時間をかけてゆっくり上りきると、何かが流れるような音が静かに唸りをあげていた。小さく振動する床を歩いて行くと、やがて大きな部屋に辿り着いた。ドーム状の屋根の下で、先ほどまで聞こえた音ははっきりと大きく響いていた。その部屋に満ちた砂は、絶えず中央の大きな渦に沈んでいく。砂の上には何人かの人影が見えたが、その半身は砂に埋まって動かない。瑞々しさを感じないしわしわの身体は、時折崩れて砂と混ざりあってしまうようだった。少女は、後ろに立った兵士がゆっくりと手を伸ばしてきたのに気付き、その手をはらって走り出す。兵士の面倒くさそうな顔には、悪意こそ感じなかったが、捕まったら酷いことをされる、それだけはよく理解できた。
 幾度も砂に足をとられながら、少女は広い部屋を走り回る。兵士は二人、三人と人数を増やし、だんだんと逃げ場が狭まってくる。やがて壁際に追い詰められ、兵士の一人が半ば覆いかぶさるような形で体当たりをしてくる。少女は跳ね、勢いで壁に叩きつけられた。その時、少女の服に、何か棒のようなものが引っかかったようだった。壁から生えたそれは、少女の体重に任せて滑るように傾く。その瞬間、金属が擦れるような激しい音が響いたかと思うと、少女は宙に投げ出された。ぐるぐる回る景色の中、兵士も砂も、埋まっていた人達までもが、部屋の中を散り散りにかき回された。やがて振動がおさまると、少女はさっきまで天井だったところに立っていた。部屋の上部からは勢いよく砂が流れ落ち、きらきらと光る煙がたちこめた。少女が呆然としていると、煙の中からは次々に歓喜の声があがり、美しい女性達が逃げるように部屋を出ていった。先ほどまで半身を埋められていた人達だろうか。
 少女もゆっくりと立ち上がり、部屋の出口を目指す。やがて降り注ぐ砂は止まり、煌びやかな衣装に包まれたしわしわの老婆が落ちてきた。白と黒が混ざったぼさぼさの髪の中で、その口を何度かぱくぱくと開き、やがて動かなくなった。





*オモチャ売り場

「パパー!これ買ってー!」
たまにデパートに連れてくると、これだ。すくすくと育った五歳の娘は、人並みにカワイイオモチャに興味を持ち、年相応の物欲を遠慮無くアピールする。特に今日は日曜日。駅前もデパートの中も、どこもかしこも混雑しているため、とても精神力が持たない。こんなところに進んで来たがるとは、本当に女の趣味は理解できない。
「たまの休みくらい、のんびりと過ごしたい。」
「たまの休みくらい、家族サービスしてちょうだい。」
「お休みなんでしょ、一緒に遊びたい。」
三人家族で多数決というのは非常に汚い。二人が一致団結するだけで、この有様だ。しかも、いざデパートに来てみれば、妻は自分の服を選ぶのに夢中である。仕方が無いので、娘を半ば押し付けられた形で、無計画にエスカレーターを乗り継いでゆく。もちろん、娘のご機嫌を取り続けながら。ああ、帰りたい。
 何度も僕を呼ぶ娘の元へ行ってみると、そこには可愛らしいぬいぐるみが沢山並んでいる。その中で、ひときわブサイクな河童のぬいぐるみを持った彼女は、目をきらきらと輝かせている。よりにもよってこのぬいぐるみか。ブサイク好みだなんて、僕に似たのかな。
「パパ。」
ひたすらに懇願するその目は、眩しくてとても見ていられない。無言で河童を受け取ると、値札をチェックした後に、元の棚に戻す。娘はもちろん面白くない様子で、未練がましくその場を離れない。
「なんでー?」
「あのな、パパ、お金あんまり持ってないんだ。だからこれは買えない。」
「朝ママからお小遣いもらってたもん!」
なんて目敏い。これだから子供は油断ならない。
「あー、似たようなの持ってるだろ。ほら、たぬきのブーちゃんだっけ?あの子と遊んであげればいいんじゃないか。」
たぬきのブーちゃん、三ヶ月前に娘に頼み込まれ、結局根負けして買ってしまったぬいぐるみである。離れすぎた目と、やる気の無い半開きの口が、なんとも言えないアンニュイさを醸し出している。
「ブーちゃん一人だと寂しいもん!」
「そうは言ってもなあ。おうちで養えるぬいぐるみは、もういっぱいいっぱいなんだよ。ブーちゃんとバイバイするのは嫌だろ?」
「パパのお部屋にはお人形さんたくさんあるのに。ずるい。」
それを言われたら反論する術が無い。畳み掛けられる前に、この場所を離れてしまうのが賢い選択だ。逃げるのが得意な僕に、慣れた様子で娘はついてくる。少し不機嫌そうな顔をしながら。
「じゃあパパ、これ買って。」
次に興味を持ったのは、イモムシのチッチのオモチャであった。電池式でウネウネと動く様は、リビングにいたら軽く不愉快かもしれない。というか、また生き物を模したオモチャである。さっきの説得は一体なんだったのだろうか。
「だめだよこれは。」
「どうして。」
「電池を入れないと動かないだろう。うちには電池が無いからね。」
「じゃあ電池買って。」
「困ったなあ、うちの近くには電池売ってないんだ。」
もちろん嘘だが、五歳の娘にはわかるまい。とぼけた調子でイモムシを棚に戻す。
「パパのお部屋にいるイモムシさんは、何で動いているの。」
さり気なく、本気で消え去りたくなるようなことを言う娘である。動揺を隠しつつ、この場を離れようと試みるが、娘はコートの裾を掴んで離さない。同じ手は通用しないというわけか。
「あれはな。」
「あれ電池だもん。電池で動いてるもん。」
「そうじゃなくて、あれは特別なんだ。」
「なんで。」
「・・・。」
「なんで。」
「あれはな。ママと一緒に遊べるから。だから特別。」
娘はすんなり納得した様子で、その場をすぐに離れた。追い詰められて、なんだかとんでもないことを言ってしまった気がする。軽い後悔と、少しの安堵に、寿命が縮んだような心地であった。これだからデパートは、嫌いだ。結局その後、家族みんなで遊べるゲーム盤を買わされた。
posted by トドロキ at 10:45| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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