2011年11月22日

夜の短編喫茶1

google+で進行中の「夜の短編喫茶」という企画に投稿中のものです。
毎日与えられたお題(何らかの単語)をもとに皆で短編小説を書く、というものです。
せっかくだから(自分用まとめの意味も込みで)ある程度たまったら載せていこうと思います。
勢い書き+加筆修正無しというわけで、誤字脱字などの不備はご容赦下さいませ。

●お品書き
1.鍵
2.ダンゴムシの恋
3.雨乞い日記
4.食べらレター
5.平和主義者と赤い糸





*鍵

 ある日、仕事を終えて帰宅したら、妻が玄関前でうずくまっていた。顔は蒼白で、息が荒い。僕は思わず駆け寄った。
 冷えきった妻の身体を軽くさすり、息を整えさせる。ドアは僅かに開いていた。中は暗い…。妻は、何かを訴えかけるように、ゆっくりとドアノブを指さした。鍵穴には、鍵が刺さったままだ。

「開いたの…ドアが…。」

 妻はようやく口を開いたが、どうにも要領を得ない。そればかりか、話し出すと同時に、ぶり返したかのように息が荒くなる。一体、妻の身に何が起こったというのか。

「ドアが、ね…ブブッ…クッ…ウ、ウヒヒヒ…ヒァ…ァァッ…」

 思わず二度見した。妻は、苦しんでいるわけではなかった。笑いを堪えていたのだ!
 僕は立ち上がり、家に入っていった。

「ハーッ、ハーッ…ドアがね、開いたの…キーッて、音をたてて!」

 暗く冷えきった室内。手探りで明かりをつける。そういえば、トイレに入りたかった。
 自室に鞄を放り投げ、急いでユニットバスへ向かった。ただいま、我が家。

「鍵…キーをね…刺し、ら…ドアね、キーッて…ドアがね、キーッて…キーッて…!」

 今日は一段と冷えそうだ。厚めの布団を出しておかないとな…。そんなことを考えながら、僕は蛇口を閉める。妻はまだ、玄関の前で震えていた。

「きいてよ…ドアがね、キーッて…キーッて…!クッ…ププ…ゥァッ…ヒヒッ…。」

 お腹がすいたな。このぶんだと、今日はカップ麺かな…。僕はため息をついた。





*ダンゴムシの恋

 右・・・左・・・右・・・左・・・。
 俺はダンゴムシだ。こう見えて、かなり頭が良い。たとえば、そのへんのムシケラを迷路に放り込んだとしよう。ヤツらは同じところをただぐるぐると回り続け、そのまま一生を終えるだろう。だが、俺は違う。右へ曲がったら次は左へ、左へ曲がったら次は右へ・・・この俺が編み出したオリジナルのステップは、どんな迷路だろうが簡単に踏破できる。産まれた時にはすでに、編み出していた・・・まさに魂に刻まれし叡智。人間どもはこれを「交替性転向反応」などと呼んでいるようだ。おっと、十字路だ。次は確か、右だな。
 仲間達からは、時折見せる幼い笑顔がキュートと評判だが、こう見えても冬を二回は越した、立派な成虫だ。そろそろオンナでも作って、幸せな家庭を築きたいと思っている。若い頃は沢山ヤンチャをしたもんだが、いつまでもガキじゃいられねえ。卒業してやるさ。
 最近、こんなことばっかり考えてるのは、やっぱりこの前会ったアイツが忘れられねえからだろうか。暖かい木漏れ日の注ぐ、峠道。イチョウのにおいに満たされた、あの日の出会い。つい昨日のことのように思い出すことができる。ふかふかの落ち葉で埋もれた丁字路で、俺が右に曲がろうとした時だ。向かいから歩いて来たのが、アイツだった。しばらく並んで歩きながら、お互いのことを話した。ダンゴムシには名前なんてつける習性が無いから、俺はアイツのことを雫と呼んだ。アイツの背中の模様は、まるで空にきらきらと浮かんでいる無数の雫のように、チャーミングだった。正直にいうと、何を話したかなんて覚えちゃいねえ。話しかけるたびに揺れるアイツの触覚、つやつやと光を弾く身体、上品に、音も無く地面を撫でるその脚・・・。アイツの可愛いところは、一年かかったって語り尽くせやしないだろう。アイツも、まんざらじゃない様子だった。俺の言うことに、いちいち頬を赤らめやがる。運命の出会いってのは、こういうことを言うんだろうな。
 アイツも、待っていたに違いねえ。一緒になりたい、ただそれだけのことを言うだけだった。・・・なのに俺は、格好つけてタイミングなんか気にして。言おうと決意を固めた時には、俺達は十字路に差し掛かっていた。俺は左へ、そして・・・アイツは右へ。覆すことのできない掟が、そこにはあった。俺は呪った、自分がダンゴムシだってことを。一族の誰もが逆らえない、呪いのような習性を。なにが叡智だ、雌一匹も幸せにできねえ。俺は決意したんだ。もう、絶対にアイツを泣かせないって。独りで曲がらせたりしないって。そして、今に至る。
 俺は、アイツの巣に向かっている。巣の場所を聞いておいたことは、不幸中の幸いだった。アイツの巣は、俺の巣から林ひとつ離れたところにあった。プロポーズの言葉も、演出も、全てが完璧だった。この日のために、俺は泥にまみれ、汚水を渡り、初めて努力をした。今なら、何者にも負ける気がしねえ。・・・おっと、次は左か。このまま真っ直ぐ。大きなコナラの木が見えた。根元にある、落ち葉の山が、アイツの巣だ。たとえ蟻の大群が道を渡ろうとも、カマキリが待ち伏せしていようとも・・・俺は、この気持ちを伝えてみせる。地面を掴む脚に、力を込めた。
 巣の外に、小さな影が動いていた。・・・雫だ。あの背中の鮮やかな模様、しなやかな触覚。間違い無い。アイツも俺に気づいたようだった。しかし、その表情はどことなく暗かった。何か嫌なことでもあったのだろうか、哀しいことでもあったのだろうか。それならば、俺は夜が明けるまでアイツの話を聞いてやろう。涙を零すのならば、俺が拭ってやろう。地面を蹴る脚に、いっそう力を込めた時だった。
 俺は、道の右側に、脇道を見つけてしまった。





*雨乞い日記

火の月27日
●ーシ●、●にあい●●。
愛し●いる。

火の月26日
目が霞んで●●がった。
神●この僕から、唯一のも●●でも奪おう●いうのか。
サー●ャ、サー●ャ、サー●ャ、サー●●、●●●●・・・。
瓶の中に●●入れる●、全て干●がってい●。やつらの●●ざか。
やつら、●●道連れに●る気だ。怖●。叩●。怖い。●く。叩く。叩●。●●。
何か●手を刺された。どうでもいい。

火の月25日
仲間たちは動かない。右腕も動かない。
左腕はたぶん土になった。脚は動く。鼻は、耳は、駄目だ。
どこからどこまでが僕かわからない。砂蛇だ。砂蛇の行進だ。
波を作ってすすんでくる。飲まれてしまう前に、叩き潰さないと。
しかし、どこに立っているのかわからない。
立っていられているのかもわからない。ここは沼か。
真っ赤で真っ青で真っ白だ。こうして日記でも書いていないと、気が狂いそうになる。
文字をしっかりと書けているのかわからない。確かめる方法もない。

火の月24日
仲間たちは動かない。
いちばん贅沢に水を飲んでいたやつらが、このざまだ。
脚に力が入らない。崩れ落ちたカラカラの木材の周りをウロウロする。
全く、これはなんなんだろうな。滑稽で仕方がない。
最後には瓶の中の水をがぶ飲みしてやる。

火の月23日
仲間たちは動かない。抱き起こす気も起こらない。あいつらはもう駄目だ。
枯れたボーボーの木の皮を剥いで食べたが、喉に詰まってしまう。
木の実ももう無い。水は少しある。
空に浮かぶあいつが憎い。全部あいつに奪われてしまった。
こんなことならサーシャの言うことを聞いていればよかった。
サーシャは今どこで何をしているのだろう。あいたい。
魔除けのお守りは大事にしてくれているか。たとえ離れていても、君を守る。

火の月22日
僕ひとりになった。仲間たちは動かない。少し動ける者もいる。でも動かない。
約束は守る。僕しかできないのなら、僕だけでやる。
祭壇は崩れ落ちてしまったが、直せる者はいない。
西の空に小さな雲が見えた。すぐに消えた。

火の月21日
空白。

火の月20日
仲間が次々と倒れていく。諦めてしまっては駄目だ。
語りかけるが、聞いてくれない。目が死んでいる。
南の森に行った仲間たちはどうなったろう。もう3日間も戻ってこない。
脚に血が滲んで少し傷んだが、しばらくしたら感覚が無くなった。

火の月19日
長老が谷に身を投げた。手足には無数の傷があった。
元々、強い長ではなかったが、それでも仲間たちの落胆ぶりはひどかった。
この日の儀式はいつもよりも早く終わった。
誰からともなく、そうなった。

火の月18日
もう嫌だと嘆く友人を殴った。初めて殴った。
友人は口をきいてくれなくなった。
何も考えることができない。

火の月17日
恐ろしいことを聞かされた。もう水も、食べ物も、残りが少なくなってきた。
持って4〜5日といったところらしい。
罪人たちを切り捨てようという案が出た。
僕は立ち上がらなかったが、多数決で決まってしまった。
執行人の口の周りが赤く染まっていた。少し寒気がしたが、みんな何も言わなかった。

火の月16日
空白。

火の月15日
今日も雨は降らない。
儀式を始めてから5日。こんなに降らない例は過去に無いらしい。
だが、僕らは諦めない。神はきっと見ていて下さっているはずだ。
これは試練。そう言い聞かせる。
仲間たちも賛同してくれた。儀式はいつもよりも長く、月が昇りきるまで行なった。
終わったあと、みんなで歌を歌った。

火の月14日
友人が辛そうな顔をしている。
彼は元々、体力のある方ではない。それは僕も同じだが。
僕のぶんの木の実を少し分けたら、申し訳なさそうに何度も謝られた。
なんだかこっちが申し訳なくなって、少し考えごとをしてしまった。
なんてことないやりとりのはずが、彼との距離を感じて仕方がなかった。
成果が出ないせいか、どうしても悪い方向に考えてしまう。気持ちを切り替えよう。

火の月13日
サーシャの分と、お揃いで作ったお守りが、壊れてしまった。
彼女の身に何かあったのだろうか、嫌な予感がした。無事でいてくれればいいのだが。
雨は降らない。さすがに3日も舞を続けたのは初めてだ。
脚は腫れ上がるし、喉はもう何も絞り出すことができない。今日は早めに眠ることにしよう。
サーシャ、君は今、何をしているんだい。そろそろ、目的の場所へたどり着いた頃だろうか。
しばらく前にこの村を訪れた、あのいけ好かない男が、君を幸せにしてくれるといいのだが。

火の月12日
雨はなかなか降らない。昔は一日も続ければ充分の恵みが与えられたそうだ。
篝火を囲みながら、長老の昔話に耳を傾ける。
景気付けのカプカ酒を飲みながら、僕はいつの間にか眠ってしまったようだ。
朝方目が覚めると、みんなが輪になり、泥のように眠っていた。
身体の疲れは抜けきっていないが、こういうのも悪くないと、少し思った。

火の月11日
雨乞いの儀式が行われるのは、実に三年ぶりのことである。
前回、僕はまだ子供扱いされ、見ていることしかできなかった。やり方は多分覚えている。
罪人の腕が切られるところは、さすがに直視できなかった。
祭壇に捧げられた腕は、今にも動き出しそうで、少し不気味だった。
長老の合図で、僕たちの戦いが始まった。太陽がこの地を照らす間、歌と舞を続ける。
神はきっとご覧になってくれるはずだ。

火の月10日
サーシャがあんなことを言うなんて、思わなかった。
彼女は誰よりもこの地を愛していると、信じていたのに。
都会の技術は、確かに素晴らしいのかもしれない…しかし、それでこの村が救われるのだろうか。
二人の愛したこの村は、遠くで輝く真っ赤な夕日は、森で歌う虫や動物たちは、どうなってしまう。
僕たちは、絶対に雨を降らせなければならない。このモヤモヤした考えに決着をつけるために。
僕たちが正しいと、教えるために。
サーシャはもう帰ってこないのだろうか。せめて、都会で幸せになってくれたら幸いだ。



 最後のページを閉じると、表紙がぼろぼろに崩れてしまった。1ページ目の彼の憎まれ口が、心を刺す。
「本当にこんなところに出るのかね?サーシャ。」
 葉巻をくわえた男が、鬱陶しそうに羽虫をはらいながら言う。
「水脈は確かに。何より、ここの土地のことは…よく知っていますので。」
 きっと、水は出る。誰のものでもないこの土地は、きっと観光地になり、ホテルが建てられ、発展することだろう。私の愛した土地、そして彼の愛した土地は、きっと綺麗な景色に生まれ変わる。しかし何故だろう、胸につかえる思いに、息が詰まりそうだ。胸元で、組木細工のお守りが、カラカラと音をたてた。
「しかしここは暑いな。井戸の前に、俺が干上がっちまいそうだ。」
 飲み干したミネラルウォーターの瓶を投げ捨て、男は悪態をついた。





*食べらレター

 これほどまでにふてぶてしい生物は、未だかつて見たことがない。しかし、そんなところが彼の魅力であり、私を惹きつけてやまないのであった。つぶらな瞳、ふさふさの真っ白な毛、ぴょこんと立った耳の間には、太くて土臭い角がそびえ立っている。彼は今日も、鼻先で私のスカートのにおいを確かめ、そして訴えかけてくる。"お手紙ちょうだい"・・・と。
 彼との出会いは一週間前に遡る。あの悪夢のような放課後の出来事。私の通うチロヌップ高校は、空気が冷たくて、自然が豊かなところにある。今年、農学部に進学した私は、そこらへんによくいる女子みたいに平凡な恋をし、そしてごく普通に甘酸っぱい想いを抱えながら半年間に渡って悶絶し続けていた。風が耳を貫いて、始めての雪が降った日。温もりに飢えていると錯覚した私は、手紙を書いた。うまれて始めての、本気のラブレター。彼に読んで欲しい、そんな気持ちだけが頭を埋め尽くし、なんの授業を受けていたのかさえ思い出せないくらいだ。結果を言うと、私はその手紙を渡すことができなかった。小走りで校庭に駆けていった私が見たものは、楽しそうに笑う先輩の姿。その隣で笑う、親友の姿。
 動揺をひた隠すように、人目のつかない場所を探した。それが、ここ。校舎の裏にある、飼育小屋だった。しばらくは涙も出ずに呆然としていた。ここは少し温かいが、なんだか臭う。でも、負け犬の私にはぴったりの場所かもしれない。柵にもたれてうずくまった私の頭を、何者かが撫でた気がして、振り返る。そのふてぶてしい顔は、私の手の中のぐしゃぐしゃな封筒に向かって、鼻を突き出していた。
 山羊が紙を食べるなんて、まるで絵本のような話だ。半ば奪い取るように封筒の先っぽを挟み、引き抜かれると、あとは器用にもしゃもしゃと音を立てながら、あっという間。私の想いを綴った紙くずは、彼に消化されてしまった。こんなに惨めなことがあるだろうか。私は驚いて、悲しくて、面白くて、寂しくて、でも心は温かくて、ぐちゃぐちゃな気持ちで、おしっこを漏らした。
 それから毎日だ。私は、彼に手紙を書いていく。どんなに拙い気持ちでも、どんなに弾けた気持ちでも、彼は飲み込んでくれる。彼に対するちょっとした悪意も、みっともない泣き言も、彼は簡単に噛み砕いてしまう。私は嬉しくなって、次は何を書こうか、どんな紙を使おうか、そんなことばかりを考えた。緩やかな時間の中で、彼と寄り添う、素敵な放課後の日課。
 夢から覚めたのは突然だった。彼はお腹を壊し、入院することになった。私は先生からこっぴどく叱られ、友達からも冷たい視線を向けられた。結局、私の気持ちは、彼でも消化しきれなかったのだ。心にぽっかりと穴が空いたように、苦しい。首筋を通り抜ける風に全身を貫かれ、私は涙を流した。誰にも渡せなくなった手紙をぎゅっと握り締めて、帰り道の畑の側にうずくまった。こんなに広い世界の中で、私はただ独りで泣いている。そんな錯覚さえ起こるほど、静かな午後。耳に届くのは、素早く通り過ぎる風の音。指先が冷たくなって、力が緩んだ時だった。私の手の中からするりと抜けた手紙は、そのまま風に煽られて、茶色い穴の中に消えた。
 その日から、毎日。私は、肥溜めに手紙を落とす。彼ならば、お腹を壊すこともなく、私の気持ちを溶かしてくれる。どろどろに混ざり合って、ゆっくりと沈んでいく手紙を眺めながら、私は歓喜に身を震わせた。





*平和主義者と赤い糸

 私は平和主義者だ。なんて取り繕ったように言うけれど、その実はただ愛されたいだけなんだ。平和を愛する私を愛して欲しい、つまりはそういうことである。全ての人類で仲良しの輪を作り、その中に自分も混ざりたいのだ。でも、中には嫌いな人もいるので、できれば私の好きな人だけで輪を作りたい。一番好きな人の隣が私で、その隣にはその次に好きな人を置いておきたい。そのまた隣にはその次に好きな人、またまた隣には家族とかも一応入れておきたい。でもお父さんだけは、入れてあげない。そうして好きな人が全員輪になれば、平和な世の中になるに違いない。
 私は平和主義者だ。手を繋げば、仲良くできる。だから、みんなの手を繋ぐんだ。そうして輪になれば、いつでも側にいられるのだから。一緒に起きて、一緒にご飯を食べて、一緒に遊んで、一緒にお話して、疲れたら一緒に眠る。そうしてずっと仲良しでいられたら、それはずっと平和だから。でも、みんな一緒だと私の家に入れない。この家は、平和になるには狭すぎるんだ。
 私は平和主義者だ。ここで諦めたら、平和じゃなくなっちゃう。だから私は詰め込んだ。ぎゅうぎゅうに詰め込んだ。手を繋ぐだけじゃなく、腕も繋いだし、肘も繋いだ。足も、膝も、腰も、頭も首も肩も、全部繋いだ。そしたら皆がひとつになった。お母さんはとろとろと喜んだ。一番大好きな人もぴゅっぴゅっと喜んだ。これで、いつでも一緒にいられるね。でも、いつでも一緒にいたら、みんながケンカを始めちゃった。いつでも一緒にいられるのに、こんなの寂しいよ。
 私は平和主義者だ。ケンカは絶対に止めなくちゃ。罵り合うなんて、平和じゃない。だから私は、みんなに口を閉じてもらった。上の唇と下の唇を閉じて、ぎゅっとした。人差し指で撫でてあげると、みんなぶるぶると嬉しそう。みんなはケンカするのをやめて、仲良くなった。これで寂しくないね。いつまでも一緒だね。なのに、みんなとっても悲しそう。大粒の涙を出して、苦しそう。いつまでも一緒なのに、そんなのダメだよ。
 私は平和主義者だ。みんなが悲しいと、私も悲しくなってしまう。でも、なんでみんなが悲しいのか、全然わからなかった。だから、私はみんなの目を閉じてあげた。耳を閉じてあげた。そしたらみんな、安心したように眠ってしまった。背中を撫でてあげたら、ぴくぴくと楽しそう。みんながようやくひとつになった。とても温かくて、私は何度も抱きしめた。そしたら、気付いてしまった。みんながひとつになっても、私はひとつになってない。みんなとっても仲良しなのに、私だけ仲間はずれ。そんなのずるいよ。平和じゃないよ。
 私は平和主義者だ。みんなと一緒に仲良くしたい。でも、私がひとつになっちゃうと、みんなをひとつにできなくなっちゃう。私はとても寂しくなって、とても悲しくなって、とても苦しくなった。私はみんなを抱きしめてあげられるのに、みんなは私を抱きしめてくれない。話しかけても聞いてくれない。返事をしてくれない。みんなのことが羨ましくって、私は悪い子になった。空っぽになった裁縫箱をひっくり返して、引き出しの中をぜんぶ覗いた。戸棚の中を見たときに、とびきり太い赤の毛糸を見つけた。
 私は平和主義者だ。みんなを一緒にしなくちゃいけないから。みんなをひとつにしなくちゃいけないから。だけど、ひとつになったみんなと、一緒になることはできないから。私は右手の小指に、赤い毛糸の端っこを通した。もうひとつの端っこは、一番好きな人の小指に通した。一番好きな人は、何も言わなかったけど、ひんやりと喜んでいる。私は一番好きな人と結ばれた。私はみんなと結ばれた。これでもう、悲しいことなんて無くなった。
 私は平和主義者だ。世界は平和になった。平和を愛した私は、みんなから愛された。嫌いな人のいない輪の中で、ケンカもせずに一緒にいられるんだ。ずっとずっと、一緒にいられるんだ。
posted by トドロキ at 01:40| 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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